マスターズ水泳チーム    「オーレ港北」代表ヒロ


by ole_kohoku
カレンダー

<   2005年 01月 ( 15 )   > この月の画像一覧

ブログ紹介

b0046234_2134593.jpg

 身近なところからブロガー仲間が増えている。簡単に立ち上げられるからホームページ作りのようなWeb知識はいらない。こうして「ブログの輪」が広がるのは楽しいもの。
 今日紹介するブログはローカルな「釧路通信」、釧路がどんなところか見えてくる。こういうブログもいいね。早速、リンクした。同じくリンクしている論駄さんが「ぐーんと近くなった道東」と題して紹介している。
 「ブログに興味はあるけど、敷居が高そう」と思っている人たちには、ぜひ挑戦してもらいたい。
 きっとブログにはまると思う。そこで作ってみようと思いたったら、トラックバックしたシュミットさんの「シニアのためのブログ入門」が参考になる。きっと作れますよ。
[PR]
by ole_kohoku | 2005-01-07 21:34 | 雑記

横浜アリーナ

 帰宅時の新横浜駅、若い女性であふれていた。昨年末、けが人まで出てニュースになった「ヨンさま」騒動のファンとは年代も雰囲気も違うけど、同じようなエネルギーを発散している感じで、なんというか圧倒される。どうやら横浜アリーナでジャニーズ系のコンサートがあったらしく、「ジャニさま」ファンたちのようだ。横浜アリーナのイベントをチェックして、だれのコンサートか調べてみたけど、ジャニーズって、いろいろなグループがありすぎて、名前がわかってもオジさんには区別がつかなかった。いやぁ、すごいものですね。
[PR]
by ole_kohoku | 2005-01-05 23:53 | 雑記

光陰矢の如し

b0046234_22521530.gif
 今日から仕事が始まった。

 正月の休みはお酒を飲んでいるうちに終わってしまった感じがする。まさに「好飲矢の如し」だ。休みの日は来るまでが長いけど、休みに入ると短いと思うのは、わたしだけだろうか。
[PR]
by ole_kohoku | 2005-01-04 23:01 | 雑記

水泳の歴史

 久しぶりに読み直してみたらおもしろかった指導員講習のテキストに載っていた水泳の歴史を紹介する。

b0046234_15224739.jpg【水泳の起源】
▼人間がいつごろから泳ぐようになったかは定かでないが、水辺で暮らす人々が生活の糧を得るために泳ぎ始めたことは容易に想像できる。▼エジプトの象形文字の中に水泳を表しているものがある。▼水泳が教育として登場するのは古代ギリシャになってからだ。スパルタやアテネで青少年教育として行われた。目的は軍事上の必要性と溺死から身を守るためだったので、古代オリンピックでは競技種目に取り上げられなかった。▼アジアの古代文明が栄えた中国の黄河流域では黄濁した河川が多いため水泳は発達しなかった。▼日本の水泳は「魏志倭人伝(*1)」に「今倭の水人、好んで沈没して魚蛤を捕らえ…」と書かれている。▼古代の水泳は自分の身を守り、生活の糧を得る手段として、軍事目的として、発達していった。▼18世紀になって、一部の上流階級の人々がレクリエーションとしての水泳を海浜で始めたが、多くの庶民が水泳に参加するようになったのは20世紀になってからだ。▼19世紀にはスポーツとしての水泳も始まり、競技会へと発展した。

b0046234_15232494.jpg【水泳競技の歴史】
▼レクリエーションではあきたらなくなったイギリス上流階級の青少年たちが学校対抗の形式で水泳競技を始めた。▼1838年にハイドパークのサーペンティン河で最初の競泳競技が行われた。▼日本では1856年(安政3年)に講武所の上覧水泳が越中島で開かれ、300間(約545m)の競泳が行われた記録がある。▼日本での本格的な水泳競技は1898年(明治31年)横浜の西波止場で、水府流太田派の泳ぎ手と横浜在住のローイングクラブのメンバーとの間で行われた。(*2)100ヤードのレースだったが、正式の計時は行われず、コースも110ヤードあったと言われている。▼日本選手権の前身の全国競泳大会は1914年(大正3年)に始まった。1921年(大正10年)には学生選手権が開かれ、1924年(大正13年)には日本水泳連盟の前身、日本水上競技連盟が創設された。▼水球は1915年(大正4年)、飛び込み競技は1922年(大正11年)、シンクロは1957年(昭和32年)、競技としての日本泳法は1956年(昭和31年)からそれぞれ始まった。

【水泳技術の発達】
▼19世紀前半の競泳は平泳ぎと横泳ぎが主流。19世紀後半にスピードのある横体の「抜き手」泳法が多く用いられるようになった。▼イギリスのトラジオンが腕を水面上に交互に抜き上げて泳ぐ「トラジオン泳法」を考案して、1873年の競技会から使われた。日本泳法の「早抜き手」に似ている。▼トラジオン泳法のあおり足がバタ足になり、クロール泳法に発展した。バタ足の導入は画期的なことで、新しい競泳の時代を生み出した。▼初期のクロールはオーストラリアンクロールといわれて4ビート。その後アメリカで改良されて6ビートになった。(*3)▼平泳ぎが競泳種目になったのは1903年からで、1930年ごろに現れたバタフライ式泳法(*4)との混泳は1947年禁止され、1954年から平泳ぎとバタフライが分離された。▼背泳ぎは1912年から競泳種目になった。クロールが考案される前の背泳ぎはカエル足で両手を同時にかく泳ぎ(*5)だった。▼バタフライも初めはカエル足だったが、平泳ぎから分離して、ドルフィンキックとなった。▼個人メドレーは東京オリンピック(1964年)で400m、メキシコオリンピック(1968年)で200mが始まった。

(*1):邪馬台国と卑弥呼について記された三世紀中国の文献。邪馬台国論争のもととなった所在地については、畿内大和説、北九州説がある。
(*2):日本で最初の国際水泳競技会? どっちが勝ったのか知りたい。
(*3):オーストラリア式泳法とアメリカ式泳法は昔から競っていた。米映画のターザン役で有名になったジョニー・ワイズミューラーが6ビートのクロール(多分?)。1922年(大正11年)、100m自由形で1分の壁を最初に破る58秒6の世界新記録を樹立。24年(パリ)と28年(アムステルダム)のオリンピックで金メダルを5個獲得した。
(*4):1ストローク2キックのバタフライを完成させたのは日本の選手。 →キーワード「バタフライ」で「はてな検索」をすると詳しくわかる。
(*5):現在のマスターズ大会でも年配の方がこの背泳ぎを見せてくれます。


 指導員の検定試験はペーパーテストがあったので、上記の各項目にアンダーラインを引いて記憶する努力をしたらしいが、すっかり忘れてました。
[PR]
by ole_kohoku | 2005-01-02 07:56 | Swimming

初詣で

b0046234_210720.jpg
 初詣でに地元の神社へ行った。鎌倉時代からある神社だという。毎年正月には家族そろってお参りをしている。神社に着くと境内入り口の鳥居から道路まで、初詣で客の行列ができていた。消防団員が入場制限をして、自動車と人間の交通整理にあたっている。こんなに混雑しているのははじめてだ。雪が積もっていたので大みそかからの出足が悪かったのかもしれない。

b0046234_2104250.jpg
 鳥居から本殿までの参道でも参拝客が列を作り、順番にお参りをしている。お参りが終わるまで30分ぐらいかかったかもしれない。

b0046234_211853.jpg
 境内にある子犬を抱いた「狛犬」。

b0046234_2113670.jpg
 寒さに娘のふところの中で震えている「あんこ」。

b0046234_212018.jpg
 今年もよい年になるようにとお参りをして、家内安全のお札、交通安全、学業成就のお守りを購入する。昨年のお札とお守りはたき火で燃やす。

b0046234_2122115.jpg
 高台にある神社なので見晴らしがよい。帰り道、横浜方面はランドマークタワーが見え、反対側の新横浜方面にはプリンスホテルが見える。

  新年のごあいさつが遅れました。

  あけまして
     おめでとう
        ございます


  本年もよろしくお願いします。
[PR]
by ole_kohoku | 2005-01-01 18:42 | 雑記